『懲りない人々、踊らされる人々。』
マイケル・ブロードベント。ワインの競売人、世界で最も熟達した味覚を持つ男、そして今作では、ある時は探偵、ある時は狂言回し的役割を担う。もちろん実在の人物だが、著名人の彼も本書では脇役に過ぎない。
これは、200年もの歴史を生きながらえたトマス・ジェファーソン愛蔵の奇跡のワインに魅了、翻弄された人々の物語だ。その名をシャトーラフィット1787、ジェファーソンがフランス滞在時、革命の混乱の最中に行方不明になっていたワインだと言う。
前半は、収集家には垂涎物と思えるヴィンテージワインの数々について、その生成から競売価格までが微に入り細に入り記述され、ワインを巡る蘊蓄話も盛りだくさん。ワインが持つ人を虜にする魅力の程が窺えるが、ここに紹介されているような高額な年代物にはとんと縁のないワイン好きからすると、はははとご高説を受け賜る感も強いが、かのワインが史上最高の破格値で競り落とされる辺りから面白くなってくる。
問題のワインは本当にジェファーソン愛蔵の物だったのか、ワインは絵画などとは比べ物にならない位真贋の線引きが難しい事も拍車を駆けての、喧々諤々な論争が始まり、様々なヴィンテージワインの出自について、まるでミステリーを読んでいる気分になる。
テイスティングやリコルクの仕方、偽造ワインの作り方など飲み屋で語れる興味深い話が多数。
放射線照射、科学的検査による年代の測定まで取り入れられ、様々な思惑、懐疑、嫉妬、欲望が交錯する中導き出された結論は、そして真相は、果たして何だったのか?最後の1行に込められた「史実」が何とも皮肉だ。
ワイン好き、と言うより、ワインにうるさい方向き。
早川書房 エ2,310円